橋本環奈強そう、安定のムチムチ感に高評価

 

橋本環奈さん(@kanna399)がシェアした投稿 -

 

 

〇〇年に一度の

 

昨今の女性芸能人の痩せすぎ問題に警鐘を鳴らすべく、

1000年に一度の美少女から、

1000年に一度のムチムチ感にジョブチェンジを果たした

橋本環奈が意外に高評価だ。

 

たぶん仕事が楽しそうな感じがしてるのが、

一番の原因だと思うが、

 

非常に幸せそうに見えるから、

男性陣からの評判はさほど落ちてないのだろう。

 

今後、もう少しウェイトを増量して、

安定感をUPしていけば、

男性陣からの評判は落ちていくかもしれないが、

女性のファンが増えていくかもしれない。

 

 

メディアの生み出す美人像

 

 

メディアが用意する美人像というのは、

テンプレ化してしまっているので、

美人像の多様化があっても良いはずなんだが、

 

ビジネスモデルとしては、

理想像が細分化されるよりは、

同じものが量産される方が安定する。

 

音楽などで、純粋に音楽を聴く目的で大量にCDが売れていた時代は、

みんなが同じ音楽を聞くのが、

正しいとされる方向性だったけれど、

 

インディーズなどのブームが起きて、

嗜好の細分化が起きると、

ミュージシャンが大量に生まれることにつながり、

 

ビジネスとしては利益が安定しないという事になってしまう。

 

商売としては画一化された規格に近いものが売れる方が、

理想になってくる。

 

 

理想の美人像という幻想

 

しかしながら、美人像というか、

人間の好みというものも多様化が見られるというより、

変遷が見られる。

 

日本に関わらず昔は土偶などでも見られるが、

豊満な女性の方が美人とされていた。

 

多産や豊穣のシンボルだったのだろうけれど、

価値観の移り変わりなんて結構簡単に起きる。

 

日本も戦後の食料供給が安定していなかった頃は、

太っていることがステータスだった時代もある。

フトルミンとか言う太る為のサプリみたいなものまであった。

 

そもそも、人間が何に興奮し、何に恋愛感情を抱くのかは、

ベースとなる規則性や法則性が全く無いとも言われている。

 

今だと3次元はクソ、2次元の嫁が正義と言ってる層がいるくらいだから、

人間じゃないものも恋愛対象になるし、興奮もする。

 

という事で、

ぽっちゃり系美人女優とか、

ドスコイ系美人女優というニッチな分野を開拓すれば、

 

意外なサイレントマジョリティに遭遇し、

市場を成長させられるかもしれない。

 

 

 

 

 

須藤凛々花、結婚式での徳光和夫の司会料にドン引き!

 

メンタルが強いよね

 

 AKB総選挙で、突然の結婚宣言をした、

NMB48須藤凜々花

結婚式の司会を徳光和夫にお願いというか

約束をしており

その費用の高さにビックリしたそうだ。

 

費用は50万~100万程度らしいが、

費用の高さよりも、

 

結婚ネタでテレビに出てイジられてもあまり気にしていない

メンタルの強さの方にビックリだ。

 

このタイプのメンタルの強さは、

 

他人への共感力の低い、

サイコパスのタイプの人達にも見られる傾向だが、

 

良くも悪くもある。

 

サイコパス的な特徴が強いなら、

組織に属するよりは、

組織を率いた方が良いのだが、

 

サイコパスを組織内に入れ続けるのは難しいかもしれない。

 

サイコパスとの線引

 

ただし、

普通の人とサイコパスの明確な境界線はあるのか?

と言うと、まあ難しいだろう。

 

サイコパス=殺人者みたいな無茶な論理を展開している

ところも散見されるが、

 

北米の人口比率だと25人に1人はサイコパスだと言っている人もいるくらいで、

25人に1人も殺人者がいたらとんでもないことになる。

 

昔はサイコパス=超危険人物みたいな話がメインだったけど、

最近はそこまで酷い扱いはされていない。

 

基本的にサイコパスとは、他人との共感能力の低い人達を指している。

相手の苦痛や、悲しみが理解できないから、

必要以上に攻撃をしてしまったりする可能性が高くなるのだが、

 

ただ普通の人も相手の感情を正確に読み取ることなんてできない。

 

恐らく、これくらい悲しんでいるのだろうとか、

このくらい喜んでいるのだろうという予測をして、

勝手に共感したと思いこんでいる。

 

ではその感情の強さをどうやって類推しているか?

というと過去の自分の経験から引っ張り出してきて、

有意識か無意識に感情の強さを推測している。

 

要は、良いことも悪いこともあまり経験が無いと、

その人の共感力は低下してしまう。

 

 

つまり単純に苦労が少ないと、

サイコパス的な特徴が出やすいという事になるし、

 

また逆に、苦労が強すぎる場合も同様の傾向が出てしまう。

目の前の利益を獲得しないと

次に利益を得られるのが、いつになるのか分からないというような、

環境にいた場合、他人の利益を考慮することができないという事になる。

 

 

サイコパスと社会的マイノリティ

 

例えば、

そんな事は言ってなかったと言われる、

「パンがなければケーキを食べればいい」のマリー・アントワネットは、

豊かすぎて、共感力が低く、

 

スラム出身で、次にお腹いっぱい食べられるのが、

いつになるのかわからないような環境で育った人は、

ハングリー精神が強すぎて共感力が低い。

 

どちらとも、一般の人からしたら共感力が低いという傾向になるだろうが、

 

その環境で育った人間同士(貴族同士、スラム出身同士)なら、

共感を得やすい話になるだろうから、

 

サイコパスの共感能力の低さという、

不明瞭な境界線の線引は難しい。

 

社会的なマイノリティに属していれば、

サイコパスと呼ばれる可能性は高くなる。

 

サイコパスのメリット

 

また、逆に社会的に成功している人間は、

サイコパスの傾向が出ている割合が高いという

研究もあるので、

自分が共感力が弱いかなーと思ったら、

 

企業を経営してみるのも正解かもしれない。

 

 

須藤凛々花がどの程度、

共感力が低いのかは不明瞭だが、

メンタルの強さは間違いないので、

 

芸能活動が上手く行かなくなったら、

会社経営に乗り出せばワンチャンあるかもしれない。

 

 

 

田中道子の食生活が修行僧

 

ダイエットと言うより修行

 

元「ミス・ワールド」日本代表の田中道子の食生活がヤバイと

話題になっているようだ。

 

どこまでが本当かは不明だが、

1日1食で、ゼリーだけらしい。

 

つつけば、いろんなボロは出てくるかも知れないが、

実際現在の科学的な常識からしたら、

絶対的な栄養量が足りてないだろう。

 

ただ、この場合、

SNSの記事に困ったら料理や食事に逃げて

女子力アピールという、

手法が取れないので大変そうだなと思い、

 

インスタをザックリ見て回ったら、

飲み物に逃げてた。

まあ、そりゃネタ無い時もあるわな。

 

と言うか、いずれ食事シーンをSNSにUPして、

炎上するまでを見込んだマーケティングをやってるのなら、

大したものだが、

 

とりあえず、

彼女の様な食生活を実際に行っている場合に、

二通りのパターンが見られる。

 

 

拒食症とブレサリアン

 

 

一つは、強迫観念的に食事を摂ることができなくなって、

病的にやつれていく拒食症と、

 

もう一つは、不食やブレサリアン(空気を食べて生きる)という人たちになる。

 

日本で有名なブレサリアンは、

森美智代で20年以上に渡って、1日に青汁1杯しか飲んでいないらしい。

(本当かどうかは知らない)

 

ただ、このブレサリアンは世界中に何人もいて、

水しか飲まない人や、太陽光しか必要としない人とか、

さまざまな芸風というかパターンがある。

 

中には実際に、研究施設や病院に数週間缶詰にされて、

不食であったことを確認された人もいる。

 

また、拒食症と違ってブレサリアンは一様に健康体で、

大体はヨガの名人やら、宗教関係の人が多い。

 

しかしながら、

拒食症もブレサリアンも脳内で起きている現象は同じはずで、

食事を摂ることよりも、食事を摂らないことの方に、

報酬系が書き変えられて、

食事を摂らないことに快感やら、満足を得ているだけのはずなんだが、

 

メンタルの方向性が違うだけで、

肉体に現れる、健康性が違ってくるのは興味深い。

 

さて、田中道子は、

拒食症なのか?

それともブレサリアンなのか?

それともエアーブレサリアンなのか?

 

それは本人にしか分からない。

ビートたけしが勝てないと思った芸人

 

ビートたけし VS ???

 

ビートたけしと言えば、近年は映画で評価の方が高いと思われるが、

お笑い界でも重鎮である。

 

そのビートたけしに、お笑いで勝てないと思わせた芸人は

誰なのか?というと、

 

明石家さんま、らしい。

 

ともにBIG3で、お笑い界の頂点に君臨し続けているが、

その一角である、ビートたけしからして、

勝てないと言わしめた明石家さんま

 

その明石家さんまのお笑いについて、

少し分析していこうと思う。

 

 

明石家さんまの笑い

 

 

明石家さんまと言えばTVでよく言われるような、

躁状態の塊みたいなイメージだけではなく、

 

その生い立ちはあまり幸せな物ではなかった事は、

情報の氾濫している現代では常識になってきている。

 

幼くして母親を亡くし、継母との関係が上手くいかず、

幼年期は苦労をした事。

また、仲が良かった弟とも若くして死別している。

 

そういった諸々の状況が明石家さんまという

キャラクターを作っていったのだろうが、

 

そのお笑いは、非常にテクニカルになっている。

トークの相手が面白くても、面白くなくても、

 

面白いかの様に見せる技術と、

トークの中心を自分に持ってくる技術は、

かなり凄い。

 

とは言え、

相手のトークが面白くても面白くなくても、

ファーーーッ!

と言って、

話を切って、自分からリスタートする技術は、

誰でも真似ができると思うので、

 

習得しておくと役に立つときが来るかもしれない。

しかしながら、

そのまんまファーーーッ!だとバレバレなので、

 

えーーー!とか、マジで?とか、

多少アレンジしてしまえば問題ないだろう。

 

要は、面白くなくても、笑ってあげるという部分が重要であって、

フレーズ自体には重要性はない。

 

このスキルは、相手が面白いと思っていることを、

自分も面白いと思ったという同調を暗示し、

価値観の共有、共感を演じている。

 

また、そういった役を演じ続けていれば、

その内、そういう役に慣れるというか、

それが当たり前の様になってくるので、

 

キャラクターが板についてくる頃には、

演じている事も気にならなくなるだろう。

 

これ自体はイエスセット話法の類型にすぎないが、

その効果は大きく、

 

好循環のロールプレイを続けていれば、

いい事があるかもしれない。

 

 

 

 

小島瑠璃子、選挙特番のリポーターで大絶賛

 

 

小島瑠璃子のマルチな才能

 

10月22日の池上彰の選挙特番において、

中継レポーター役として、十二分の働きを示した。

小島瑠璃子がネットで大絶賛されているようだ。

 

7月の選挙の際にも、同じく池上彰の特番で、

その臨機応変な対応力が評価されていたようだ。

 

 

この手のメディア戦略は、

どういう方向性のものなのか分からないが、

 

メディアが一様に褒めだすと、

アンチが強くなってしまう。

 

 

過剰に褒めてしまえば、

そんな事は無いだろという逆の心理が強く働いてしまう。

 

つまり、

褒めるならほどほどにか、マイナス要素を入れないと、

手前味噌に見えてしまう。

 

もっと言うと言うと、

自演かステマじゃないのかと疑われやすくなる。

 

以前に、某女優のゴリ押しが問題で、

アンチが大量に生まれてしまった様に、

褒めたり、アピールするというのはさじ加減が難しい。

 

特に今は、

メディア戦略が若干高度化してきてしまっているせいで、

余計に、下手くそなべた褒めや、過剰なアピールをするぐらいなら、

 

若干、叩いた方が、まだ良いくらいかもしれない。

 

 

べた褒め戦略のメリット

 

とは言え、これはテレビというメディアや、

インターネットというメディアにおいて、

 

アイドルを神格化したいという、

根本的な偶像崇拝の性質ではあるので、

基本的な方向性は間違ってないんだろう。

 

神格化が成功すれば信者が増えて、

信者が信者を増やすという、

布教活動に入ってくれるので、

この段階を目指しているのだろう。

 

 

べた褒め戦略の出口

 

べた褒め戦略に対して何で違和感があるのか?と言うと、

要はツッコミ不在だからだ。

 

他人からのおべっかに対しては、自分から否定するか、

乗っかって、別の人から突っ込まれるか、

 

自分で自分をべた褒めして、他人からツッコまれるという、

テンプレを踏襲していないからだろう。

 

それに対して、単に褒めて終わるという文章や、

褒めるだけの放送がされれば、

視聴者側がこのテンプレを踏襲してしまうのだろう。

 

視聴者がツッコミを入れて終わるという、

暗示的な効果が生まれてしまって、

メディア戦略としては出口の部分を視聴者に任せるというのは、

良いのだが、プラスに働くのかマイナスに働くのかは、

判断が何とも言えない。

 

 

黒木メイサに30代の女子高生役を演じさせたドラマ

 

黒木メイサ「オトナ高校」で女子高生役に 

 

珍しい配役のドラマで、

30代以上の男女に、もう一度、学園生活を送らせると言うもの。

 

タイトルの「オトナ高校」と言うのは、

仕事はできるけれども、性経験のない30代以上の男女に、

本当のオトナになるための英才教育を施す学校に通わせる

極秘国家プロジェクトという設定からきている。

 

そして黒木メイサが演じるのは、

キャリアウーマンながら、

いつも2番手に甘んじている都合のいい女であり

「不倫中の処女」という、

詰め込み感が半端ない役どころとなっている。

 

では、このドラマの見どころは、

どこになっているのだろうか?

 

 

 

 

ドラマの面白さ

 

このドラマはコメディなので、

どこに面白さを持ってくるのか?と言う部分が重要になってくるのだが、

突き抜けたバカっぽさを売りにしているのではなく、

 

エリートが恋愛下手で、

仕事と違って上手く行かない様子のギャップを楽しむ作りになっているようだ。

 

エリートゆえのプライドの高さと、

そのプライドのせいで恋愛が上手く行かないという、

心の葛藤も見せ場のようだ。

 

そこで若干気になったのは、

エリートは本当に恋愛下手なのか?という点になる。

 

 

 

エリートの恋愛とコミュニケーション能力

 

仕事において出世するのに必要なスキルは、

実務能力と言うよりは、コミュニケーション能力になっているのは、

どの業界も人間が運営している限り、

そう大差はない。

 

まあ、コミュニケーション能力だけで出世する人間が増えすぎると、

企業の空洞化というか、大企業病みたいな様相をなしてくるが、

 

中小企業であっても、

単に仕事ができるだけでは出世をしていかないのが、

通常になる。

 

つまり、エリートは根回しやら周りの環境を自分の味方にする

能力に長けていないと出世は難しいので、

 

恋愛下手なのか?と言うと、

どうなんだろう?

 

恋愛もコミュニケーションの延長ではあるので、

恋愛に忌避感が無いなら、

通常は恋愛も得意な範疇に属しているような気もする。

 

では、こういったテーマを扱うのに適した、

職業構成はあるのだろうか?

 

 

 

 

恋愛下手な職業

 

このテーマを扱うなら、

当サイトの勝手な判断基準からすると、

数学者とか物理学者を主人公にした方が良かったような、

気がする。

 

彼らの一部には本当に言語より、

数式の方が得意という、ぶっ飛んだ人たちがいるので、

 

そう言った、超絶コミュ障の天才と、

普通の人たちの恋愛コメディという方が、

面白そうな気はする。

 

理系の天才は男というテンプレもあるので、

そこを女にして、

普通のサラリーマンと天才数学者の女性教授との純愛か、

恋愛コメディなら、

見てみたい気もするが、

 

一部の特定層にしか受けないというのも、

間違いないだろう。

吉田羊の暴露トークの台本

 

 

吉田羊の映画の番宣戦略

 

2018年に公開される、

吉田羊、初主演映画「ラブ×ドック」の番宣を兼ねて、

TBS系トークバラエティー「Aスタジオ」(金曜・後11時)内にて、

 

吉田羊が、 

映画の共演俳優とのキスシーンやら、求愛関係やらの暴露トークを行った。

 

共演の吉田鋼太郎からの求愛は本気だったとか、

玉木宏のキスが激しかったとか、etc

 

吉田羊は芸能人として求められているものを、

司会の鶴瓶との会話に応じる形で答えていったという流れになる。

 

 

これに関しては鶴瓶も吉田羊も悪くはないし、

現在におけるバラエティの完成形というか、

テンプレートからは外れていないので、

間違いじゃないんだろうけど、

 

映画を見る前に、共演俳優との内輪ネタをバラして、

あまり、よろしくない方向に情報の拡散をしている。

 

しかも、この形でイジられると、

恐らく、他の番宣に出ても同じようなイジりが起きるのは、

見えているというか、

同じネタをイジらざるを得ないような感じになるので、

 

映画の公開が近づけば近づくほど、

その内容は更に認知度が広がっていってしまうだろう。

 

これは、バラエティとしてはある種の完成形であったとしても、

商品のPRとしては失敗している部分がある。

 

それはどこなのか?

 

 

 

 

 

商品における権威性

 

メディアの露出が増えることによって、

認知度が上がり、 

親近感が湧くということは、

マーケティングにおいて重要な要素であるのは、

間違いないのだが、

 

親近感が強くなれば、権威性が低下していってしまう。

 

身近な存在になってしまえば、

あれやこれやとダメ出しをしやすくなるという事につながる。

 

ある程度の、神秘性やら権威性が保たれていれば、

商品に多少の問題があっても、

ほとんどの人が文句もクレームも付けにくいという心理が働くが、

 

親近感が強すぎれば、

商品に、ほんの少しの問題でもあると、

文句やクレームを付けやすいという心理が働く。

 

そしてもう一つ重要な問題点があるが、

それは何なのか?

 

 

 

 

映画における臨場感と没入度

 

この作品を見に行く人間と言えば、

吉田羊のファンか、玉木宏のファンか、

イレギュラーで監督脚本の鈴木おさむのファンという層になるのだろうが、

 

映画のネタバレはしてなくても、

映画の内幕が暴露されてしまっていては、

 

このシーンで吉田羊は、素に戻ってたんだとか、

映画の没入度の低下につながってしまう。

 

映画に限らず、ドラマ、小説、漫画などの作品で重要なものは、

作品に集中して没頭できる状況を作るという点になる。

 

いろいろな手法があるのだが、

ハラハラ・ドキドキさせるとか、

びっくりさせるとか、

作品の鑑賞者の理性的な判断を低下させる事によって、

臨場感を高めていく作業が重要なのだが、

 

キスシーンでドキドキさせるつもりが、

この女優、素に戻ってたらしいでとかの、

前情報があると、没入度が上がるどころか下がってしまう。

 

結論としては、

バラエティを番宣に使うという手法や、

メディアの露出を増やして作品の認知度を高めていくという手法は、

間違いではないのだろうが、

 

坂上忍真木よう子の件で言っていたように、

番宣で、露出を増やしまくった挙句に、

 

ドラマや映画で数字が取れなかったら、

主演のせいにするのは、どうなのかなー?

と言うのは、一理以上ある。