アウトレイジ最終章 本日封切り

北野武 監督・脚本・主演の
アウトレイジ最終章が本日封切りとなった。

 

アウトレイジシリーズの最新作となる今作も
海外からの評価は良く、
第74回ベネツィア国際映画祭で
最後の大トリを飾る作品となっている。

 

今回は受賞には絡んではいないが依然として
「世界のキタノ」の評価は高い。

 

欧米や日本での過激な暴力表現に対して、
規制が厳しくなり続ける状況にあって、

 

暴力を全面に押し出している映画が評価されると言うのは
非常に興味深い。

 

ビートたけし自身が、
暴力表現の強い自身の作品が評価される
ベネツィア国際映画祭について、
ベネツィアはバイオレントな映画に寛容な印象がある」
と述べている。

 

キタノ作品が取り扱うテーマは、
基本的には人間の汚さや弱さ、

 

そして、弱さの反動から来る強がりを表していると思われるが、

 

人間は自己保身に走る余りに、
他人から見れば小さな、
しかしながら、
本人からすると、かけがえのないプライドを守ろうとする。

 

その他人から見たら小さなプライドを守るために、
犠牲にしてきた代償が大きければ大きいほど、
そのプライドがより大切なものに成長していってしまう。

 

そしてその肥大化していった、
プライドは、
やがて本人や、
本人の周りの人をも巻き込んでいく事になる。

 

最初は、本人にとっても取るに足らない、
こだわりに過ぎなかったものであっても、

 

いつのまにか、
自分自身だけでなく、
自分の周りの人間を含めた、
自分が存在している世界そのものよりも、
重要でかけがえのないものだと、思い込んでしまう。

 

この肥大化していった、
自尊心同士のぶつかり合いである、
ヤクザの抗争を、

 

暴力という血の色を使って、
北野監督が絵筆を握りキャンパスに描き殴ったものが、
アウトレイジ最終章という形で表現されている。

 

純化してしまえば、
ヤクザがヤクザを殺しに行くと言うシンプルな題材を、

 

北野作品としては異例のシリーズ3作目という形で、
何度も映像化してまで、
伝えたい物はなんであったのか?は非常に興味深い。

 

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